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熊本地方裁判所 平成4年(行ウ)7号 判決 1995年12月18日

熊本県天草郡松島町大字阿村四一三〇番地の八

原告

福山海運有限会社

右代表者代表取締役

福山重貴

右訴訟代理人弁護士

松本津紀子

奥村惠一郎

熊本県渡市古河町四-二

被告

天草税務署長 大小田耕二

右訴訟代理人弁護士

坂本仁郎

右指定代理人

安東忠則

宮崎和夫

相良常氏

山崎省典

松岡博文

阿部幸夫

柳原寛一

高野潔

橋本洋一

竹本龍一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成二年一二月二五日付けでした原告の平成元年三月一日から平成二年二月二八日までの事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告のした法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分には、原告の所得を過大に認定した違法があると主張して、その取消を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成元年三月一日から平成二年二月二八日までの事業年度の当時、海運を業としていたものであるが、平成元年一月一九日にその所有する内航油送船「福山丸」(以下「本件船舶」という。)を日伸運油株式会社(以下「日伸運油」という。)に対し、四億五〇〇〇万円で譲渡する旨の契約を締結し、さらに平成元年三月三日付け協定書で売買代金を四億六七五〇万円に増額する旨の合意をした(以下「本件売買」という。)。

2  原告は、右代金はその全額が本件船舶本体の価格であるとして、内航船舶から事業の用に供される減価償却資産への買換えとして、租税特別措置法(平成元年法律第一二号による改正前のもの)六五条の七第一項一六号の規定を適用して、圧縮損三億四四〇七万八〇〇〇円を損金に算入したうえ、平成二年四月一九日、被告に対し、平成元年三月一日から平成二年二月二八日までの事業年度の法人税について確定申告をした。

3  内航海運業者が内航の油送船及び貨物船を建造しようとする場合は、内航海運組合法により運輸大臣の認可を受けて定められた日本内航海運組合総連合会船腹調整規定に基づき、予め日本内航海運組合総連合会(以下「総連合会」という。)の船舶建造の証人を得なければならないが、右証人を得るためには内航船腹調整の必要から建造に見合う現有船の解撒等(解撒、沈没、海外売船又は外航船への転用)が条件とされ、内航登録ナンバーを有する船舶は右船舶建造等(建造、改造又は内航船への転用)の引当資格(この引当資格のことを以下「建造引当権」という。)が付与されている。

4  被告は、本件船舶の譲渡価格四億六七五〇万円のうち、四億二七五〇万円は建造引当権の価格、四〇〇〇万円は船舶の本体の価格であると認定したうえ、右建造引当権には特定資産の買換えの場合の課税特例の適用がないことから、船舶本体の価格四〇〇〇万円を基礎として計算した場合の圧縮限度額二三六万八〇〇〇円を超える三億四一七一万円を損金不算入として、平成二年一二月二五日付けで、所得金額を三億二一六九万〇七〇〇円、法人税額を一億三八五七万〇三〇〇円とする更正処分及び国税通則法六五条に基づく過少申告加算税二〇七六万〇五〇〇円の賦課決定処分をした(以下「本件各処分」という。)。

5  原告は、被告に対し、平成三年一月二一日本件各処分について異議申立てをしたが、同年四月一九日に棄却の決定がなされたため、さらに、同年五月一七日、国税不服審判所長に審査請求をしたが、平成四年六月一九日付けで棄却の裁決がなされた。

二  争点

1  本件売買の売買価格に建造引当権の対価が含まれているか否か。

(一) 原告の主張

建造引当権の付いている中古船舶の売買において、船舶本体と建造引当権を区分する旨の特約がない場合には、売買代金は船舶本体のみに着目して決定されるのが通例であるところ、本件売買では右特約がなかったのであるから、その売買代金には船舶本体の価格しか含まれていないものである。被告の主張するように本件売買代金の中に建造引当権の対価も含まれていたとすると、代金額ははるかに高額になっていたはずである。

(二) 被告の主張

内航海運業界においては、中古船の売買に当たり、これに付着している建造引当権をも取引の対象とする商慣習があり、本件売買も船舶本体と建造引当権の両者を対象としてなされたものである。

2  本件売買価格に建造引当権が含まれているとした場合、その価格はいくらか。

(一) 原告の主張

本件船舶は、昭和五一年から平成元年までの一三年間、毎年入渠して点検検査及び加修工事を行ってきたものであり、主要部材の衰弱程度は非常に軽微で、今後とも十分な堪航性と荷役能力を有しており、平成元年当時の適正な船体価格は、七億一七八〇万円程度である。被告がその評価の根拠とする雑誌「内航海運」に記載の取引相場は、実取引に基づくものではなく参考にならない。結局、本件売買当時における建造引当権の相場は判然としないのであるから、総連合会の買上げ価格である一立方メートル当たり四万円の基準によるべきである。

(二) 被告の主張

被告は、平成元年一月当時の建造引当権の取引相場、本件船舶の耐用年数及び本件売買の買主である日伸運油の会計処理を考慮して、本件売買価格に占める建造引当権の価格を算出したのであって、適正な評価である。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件売買の売買価格に建造引当権の対価が含まれているか否か)について

1  甲第一号証、乙第四号証の一ないし七、第六号証の一、二、第一二号証の一、二、証人納富慎吉、同宮本勝正の各証言及び原告代表者尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成元年一月一九日、その所有する本件船舶(昭和四九年竣工。取得価額三億一四五一万四四五九円。引当資格重量トン数等二六二二・一四立方メートル)を四億五〇〇〇万円で日伸運油に譲渡する旨の内航船舶売買契約を締結した。その後、原告の要求により、平成元年三月三日には右売買代金に一七五〇万円を追加することとなり、売買代金総額は四億六七五〇万円となった。なお、本件売買契約においては、船舶本体の価格と建造引当権の価格を区分することはせず一括して代金額が定められていたものであった。

(二) ところで、内航海運業界においては、内航船舶を建造する際にはその建造に見合う建造引当権が必要とされていることから、内航海運業者が中古船を売買するに当たっては、これに付着している建造引当権をも取引の対象とする商慣習が生じている。

(三) 本件船舶は内航登録ナンバーを有し、二六二二・一四平方メートルの船舶建造の引当権が付与されていたが、原告と日伸運油間の本件船舶の譲渡に際しては、特に右建造引当権を留保する旨の特約などは付されず、かえって、売買契約書においては、売買の目的物として「引当資格重量トン数等二六二二・一四平方メートル」の記載があり(第1条)、原告から日伸運油に対し総連合会発行の「引当て資格重量トン数等及び納付金支払証明書」を引き渡すと明記されていた(第4条)。当時日伸運油には、建造引当権を集めて近い将来に新船を建造しようとする計画があり、本件売買も新造船のための建造引当権を取得するための一環としてなされたものであり、代表者である宮本勝正は本件売買が建造引当権を含む売買であると認識しており、また、原告においても本件売買後、建造引当権だけが残っているとの経理処理はしていなかった。

(四) 本件船舶を譲り受けた日伸運油は、その売買代金を船舶本体と建造引当権に分けて、船舶本体の価格を四〇〇〇万円、建造引当権の価格を四億二七五〇万円として経理処理した。そして、日伸運油は、平成元年一二月七日付けで、本件船舶本体を新日マリン株式会社に売買価格五五〇〇万円で売却し、同日付けで、建造引当権のみを売買の対象として、久本汽船株式会社ほか一社に代金六億〇八三〇万四〇〇〇円で転売した。右新日マリン株式会社、久本汽船株式会社ほか一社との各売買契約においては、本件売買と同じ定型の契約書がもちいられていたが、新日マリン株式会社との間の契約書では、売買の目的物の「引当資格重量トン数等」の欄が空白となっており、総連合会発行の「引当て資格重量トン数等」の欄が空白となっており、総連合会発行の「引当て資格重量トン数等及び納付金支払証明書」を引き渡すとの条項は横線で削除されていた。

2  原告は、建造引当権の付いている中古船舶の売買において、船舶本体と建造引当権を区分する旨の特約がない場合には、売買代金は船舶本体のみに着目して決定されるのが通例であるところ、本件売買では右特約がなかったのであるから、その売買代金には船舶本体の価格しか含まれていないものであり、被告の主張するように本件売買代金の中に建造引当権の対価も含まれていたとすると、代金額ははるかに高額になっていたはずであると主張し、これに副うような日伸運油の代表者の報告書(甲第七号証)や本件売買の仲介者松田勲及び納富慎吉の証明書(甲第八、第九号証)がある。

確かに、内航船舶の場合において、当事者が当該船舶をその本来の用に供することを前提としている場合には、解撒等を条件に船舶を建造する引当権は未だ顕在化していないということができるが、その場合であっても将来老巧船となり、あるいは内航海運の業に供さないことにしたとき(海外売船や外航船への転用)は当然船舶に付着している建造引当権の価値が顕在化するのであって、当事者が特に船舶本体と建造引当権を区分した売買価格を定めなかったという一事をもって、建造引当権を取引の対象としなかったと解することはできず、売買契約の際の事情を総合考慮して建造引当権も売買の対象とされていたか否か判断すべきものといわなければならない。

そこで、本件売買についてみるに、前記1に認定のとおり、内航海運業界においては、中古船の売買に当たりこれに付与されている建造引当権をも取引の対象とする商慣習が存すること、本件売買の契約書は船舶本体と建造引当権を売買の対象とする定型のものであり、特に建造引当権を留保する場合には、売買の目的物の「引当資格重量トン数等」欄を空白とし、「引当資格重量トン数等及び納付金支払証明書」を引き渡す旨の条項を削除するのが通例と思われるのに、本件売買の契約書ではそのような措置がとられておらず、他に建造引当権を留保する旨の特約などがされた形跡はないこと、買主である日伸運油の代表者宮本勝正は建造引当権を含む売買であると認識しており、その経理処理において船舶本体と共に建造引当権も取得したとして計上し、後日、船舶本体と建造引当権を分けて異なる会社にそれぞれ転売していること、右転売の際の船舶本体と建造引当権の合計価格は、転売利益を考慮すると本件売買代金とかけ離れたものではないこと、原告においても建造引当権だけ残っているとして経理処理していないことなど、本件売買の対象に建造引当権が含まれていたことを裏付ける事情が認められる。

他方、原告の主張に副う前記証拠についてみても、納富慎吉は、同人ほか一名作成の甲第八、第九号証の証明書に関して、原告代表者から懇請されて作成されたものであり、実際は本件売買の対象に建造引当権が含まれていると認識していたと証言し、宮本勝正は、同人作成の甲第七号証の報告書に関して、作成したことについて記憶が判然としない旨証言しており、これらの証明書及び報告書の記載内容はたやすく措信し難い。また、原告代表者である福山重貴自身その代表者尋問において、本件売買においては船舶本体のみならず建造引当権も一緒に売買されたことを認める趣旨の供述をしているところである。

右判示の事情を総合すれば、本件売買は本件船舶本体とそれに付着する建造引当権の双方を対象としたものであり、その売買代金には本件船舶本体の価格と建造引当権の価格が含まれていると解するのが相当である。

3  したがって、被告が、本件売買は船舶本体と建造引当権の双方を対象としたものであるとして、その売買代金を船舶本体と建造引当権に区分したことは正当というべきである。

二  争点2(建造引当権の価格)について

1  甲第三二号証の一ないし四、乙第二号証の一、二、第四号証の一、五ないし七、第六号証の一、二、第一一号証の一ないし三、第一五号証の一ないし三、証人宮本勝正の証言によれば、平成元年一月当時の内航油送船の建造引当権の取引相場は、内航ジャーナル社が発行している月刊誌「内航海運」によると、一立方メートル当たりおよそ一七万円から一八万円であり、右価格は実取引価格に依拠するものではないものの、事業者間の引合ベースの平均的な価格であり、これは成約価格に近いものであること、右単価に本件船舶の引当資格重量トン数等の二六二二・一四立方メートルを乗じると、四億四五七六万三八〇〇円ないし四億七一九八万五二〇〇円となること、本件売買の買主である日伸運油は、建造引当権の価格を四億二七五〇万円とする会計処理を行っているがこれは当時の建造引当権の相場によったものであること、その後、日伸運油は、平成元年一二月七日付けで、本件船舶本体を新日マリン株式会社に売買価格五五〇〇万円で売却し、同日付けで、建造引当権を久本汽船株式会社ほか一社に代金六億〇八三〇万四〇〇〇円で転売しているが、これらの代金額も当時の相場によって決められたこと、平成元年当時、本件船舶は建造されてから約一五年を経過し、法定耐用年数を超える老齢船に属していたこと、以上の事実が認められる。

2  原告は、本件船舶は、昭和五一年から平成元年までの一三年間、毎年入渠して点検検査及び加修工事を行ってきたものであり、主要部材の衰弱程度は非常に軽微で、今後とも十分な堪航性と荷役能力を有しており、平成元年当時の適正な船体価格は、七億一七八〇万円程度であると主張し、これに副うような報告書(甲第四、第五号証)や証人白根進の証言も存在する。

しかし、その主たる論拠は、昭和四九年当時に三億一八〇〇万円で建造された本件船舶を平成元年に建造するとしたら昭和四九年当時の工事費の二・一倍の六億六七八〇万円を要し、これに建造後に本件船舶に施工された工事費五〇〇〇万円を加算した金額が平成元年当時の本件船舶価格となるというものであるところ、中古船舶等の売買においては、資産の経過年数を考慮して価格が決せられるのは常識というべきであり、また、乙第一六号証(内航海運対策要綱)によれば、総連合会では油送船の老齢船を船齢一二年以上のものとしており、本件船舶のように一五年も経過している場合には使用又は時間の経過によって価格が減少することは自明の理であって、年数の経過による資産の減耗等を全く無視する原告の主張は独自の見解というべきであって到底採用できるものではない。

また、原告は、平成元年一月当時の建造引当権の取引相場は一立方メートル当たり一七万円ないし一八万円であると記載している月刊誌「内航海運」は、実取引に基づくものではなく、結局、本件売買当時において建造引当権の相場は判然としないのであるから、総連合会の買上げ価格である一立方メートル当たり四万円の基準によるべきであると主張し、甲第二〇号証によれば、総連合会の船舶等融通事業規約においては、同連合会が油送船を買い上げる際の買上単価は一立方メートル当たり四万円であると定められていることが認められる。

しかし、右1に認定のとおり、雑誌「内航海運」(乙第二号証の一、二)に掲載されている引合ベースの平均的な価格で、これは成約価格に近いものであり、当時の相場を比較的正確に反映しているものであることが認められるし、原告の主張する総連合会の評価基準においても甲第二八、第二九号証、乙第一六、第一七号証の各一、二及び弁論の全趣旨によれば、総連合会が老齢船を引き取る場合、一立方メートル当たり四万円の交付金以外に買上奨励金として六万円を交付することになっていること、実際には右価格以上で取引がなされているため総連合会に対する買上申請はほとんどないことが認められるのであって、原告の右主張は失当というほかない。

3  そうすると、被告が建造引当権の価格を四億二七五〇万円、船舶本体の価格を四〇〇〇万円と評価したことは正当というべく、これに基づき、建造引当権については特定の資産の買換えの場合の課税の特例の適用がないとして行った本件各処分は適法というべきである。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 湯地紘一郎 裁判官 小池明善 裁判官小田幸生は海外出張につき署名押印できない。裁判長裁判官 湯地紘一郎)

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